「鹿の王」に現在をみる

本屋に入るとついつい目についた本を買ってしまう。
そのためにかなりの自制心が求められるのだが、本屋に行く誘惑には勝てない。

本屋と同じく、図書館にも結構行ってしまう。
本を目の前にすると何も借りるつもりがなくても、衝動的に借りてしまうことがままあるけど本屋よりは自制心を保たなくていいのが助かる。
(借りすぎると期限までに読み切れないので、ここでも多少の自制心を要する)

ふらっと入った図書館のティーンズコーナーで目についた「鹿の王」。
アニメ映画化されていたらしく、聞いたことがあるタイトルだったので興味本位で借りてみた。本書の単行本は5冊あり1~4は続きの物語で5冊目は主人公が変わる外伝だった。

領土争いやウィルス感染を題材に書かれていて2014年に刊行されたものなのだけど2023年の今読むと実に考えさせられる話だった。

主人公のヴァンは故郷を侵攻され戦争奴隷として働いていた。
そこに犬の様なものの群れがやってきて奴隷達に噛みつきウィルスを感染させていく。唯一生き残ったヴァンはもう一人の生き残りの幼い女の子を見つけ、その子を連れてその場から逃亡する。
主人公の他にも帝国の命でヴァンを追うサエ。感染の中で生き延びたヴァンに会いたい、と思う帝国の医術師ホッサルやその従者のマコウカン。他にもたくさんの登場人物が出てくるのだけど皆とても好感がもてて物語に入り込みやすい。

犬を使って感染症を蔓延させたのは何者なのか、ヴァンや医師たちはどう立ち向かうのか、様々な謎や要素が物語を盛り上げていく。

動物も多く登場する。鹿に似た飛鹿(ピュイカ)という生き物の名前の響きがかわいいと思ってしまった。火馬(アフアル)という赤い馬や、狼の様な犬。それらを愛している人間との繋がりも魅力的で読んでいて楽しい。

ヴァンは土地を守る戦士の頭だったが、仲間を殺され一人捕まり奴隷となっても復讐心はなかった。しかし逃亡する最中に土地を追われ復讐に駆られる人々と出会い、一度その気持ちが変わってしまうシーンがある。著者はそれを”裏返る”と表現していた。
それを見て「人はいつ裏返ってしまうか分からない」ということを訴えているように感じた。

5冊目は医師のホッサルが主人公となるその後の話で、病気を題材にして勢力争いを絡めた話だった。

純粋にファンタジー小説を楽しむつもりだったけど読んでみたらそうではなかった。
今までも昔の資料をもとに描かれた戦争やウィルス感染の話は沢山読んできたように思う。しかし今現在の世界で起きている様々なことを目の当たりにした後で読んだこの物語は今までとはいくらか違った感覚で心に入り込んでくる。

刊行後のコロナ感染など、著者である上橋さんは未来がみえていたかの如く読み取れてしまうが実際には今まで繰り返されてきた歴史。そしてまさに今、自分の生きている時代にも訪れてしまった出来事。

こういった経緯もあり本書は大変人気らしいのだが私は今までの様な楽しみ方が出来なかったかもしれない。しかしファンタジーとして楽しめた部分は多いにあった。

1冊目を読み終えて2冊目を借り、それを読み終えたのちに3・4・5と3冊を一気に借りたのだから魅力があったのは確か。是非アニメでも観てみたい。